教会の暦では復活前第5主日でした。画像は礼拝に奉げられたお花です。いつもありがとうございます。

礼拝では「罪びとが癒す」というタイトルでお話しました。聖書個所は新約聖書・ヨハネによる福音書9章13~17節です。◇生まれつき目が見えない人がイエスによって目を癒されます。ところが、イエスの弟子たちは不幸の原因を「誰の罪か」と問うことに終始し、「ファリサイ派」は癒しが安息日に行われたという律法違反の有無だけを問題にします。癒された本人の悲しみや痛み、喜びには関心を向ける者はいません。◇「安息日」とはなんでしょう。出エジプト記のマナの物語では、安息日とは単に規則を守る日ではなく、前日に集められたマナの残りの半分を分かち合う日です。限られた恵みを共同体全体で持ち寄り、分かち合い、必要を確かめ合う日であると語られていると思います。そこでは、誰かが貪り、誰かが欠乏することのない関係が問われています。◇教会の聖餐式で、パンと杯を分かち合うことは、キリストの身体を分かち合う行為です。過不足や不公平を見つめ直す具体的な実践なのだと思います。ファリサイ派ができなかった「痛み・驚き・喜びを分かち合うこと」こそが、安息日の本質であり、教会が生きるべき姿を示すものなのではないでしょうか。
次週は3月8日(日)午前10時30分から復活前第4主日礼拝。宣教題は「報復よりも祈りを」です。どなたでも、よかったらぜひどうぞ。


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